表現型多型の生態発生学・進化生態学


photo by S. Miyazaki
翅芽痕(ゲマ)を切られる羽化個体(中央)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生物は育った環境や経験によって,驚くほど柔軟にその行動や形態を変えることができます.こうした”可塑性”は,絶えず変動する環境を生き抜く上で大変重要な性質です.また,時々刻々と変化する他個体との社会関係において巧妙に立ちまわる上で本質的な役割をしていると考えています.あるゲノムセットが作りだす表現型が単一ではなく,相当な幅(≒アソビ)を持っていること自体,適応進化の結果獲得された”ゲノムの潜在能力”であり,多様な表現型を生み出す進化的機構です.

  私はおもに,社会性昆虫(アリ)や武器昆虫(オオツノコクヌストモドキ,クワガタ)を用いて,その行動や形態の可塑的変化に注目し,1)個体発生において,いかにして表現型が柔軟に作出されるのか? 2)可塑性によって表現型進化の道筋がどのように影響されるのか? という問いに答えるべく研究を進めています.

 

 

 

トゲオオハリアリ(Diacamma sp.)のカースト分化

トゲオオハリアリは形態的な女王を持たないアリですが,特殊な順位闘争(翅の痕跡器官"ゲマ”の女王による切除)を介し,女王とワーカーが分化します.優位個体では攻撃性が維持され卵巣発達がみられる一方で,劣位個体は従順になり卵巣発達が抑制されます.こうした行動レベルでのカースト分化は社会性の原始的段階を反映しており,その分子機構・生理機構を解明することで社会性・利他行動の進化を多角的に理解することを目指しています.

 これまで,女王特異的なインスリン経路の活性化が卵巣発達の違いを作り出すことや(Okada et al. 2010 J Insec Physiol),脳内ドーパミンの上昇が女王化を引き起こすこと(Okada et al. 2015 J Exp Biol)などを明らかにしており,順位が引き金となって取り込んだ栄養の生理的振り分けが大きく変化する分子基盤を解明できつつあります(Okada et al. Mol Ecol 2017).

 また,本種は個体間の序列形成(Fuchikawa, Okada* et al. 2014 Behav Ecol Sociobiol)や子供の世話の有無(Fujioka et al. 2017 Biol Let)によって各個体の概日活動リズムが変化することを突き止めました.アリは順位や子育てといった社会的な環境に応じて柔軟に行動パターンを調節していることがわかりました.

 トゲオオハリアリ女王の卵巣
 トゲオオハリアリ女王の卵巣

闘争形質の進化・武器形質多型の進化

オオツノコクヌストモドキの大顎と角
オオツノコクヌストモドキの大顎と角

オオツノコクヌストモドキのオスは大きく発達した大顎と頭部の角を持ち,縄張りをめぐってオス同士で争います.強いオスは大顎が大きいだけでなく,大顎の闘争機能をサポートする頭部や前胸部,前脚が強固になっており,闘争による選択圧は大顎の他にも様々な形態形質の統合的な変化をもたらしています(Okada et al. 2012 Anim Behav). さらに,大顎とその支持形質の統合的な発達は幼虫期の幼若ホルモン(JH)によって引き起こされることがわかっており,JHが多数の形質の発現パターンを決める重要な多面発現因子であることが明らかになってきています(Okada et al. 2012 Evol Dev). こうした多様な形態を生み出す背景に,HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)が関与する,ヒストン修飾を介したエピゲノム機構があることがわかってきました(Ozawa, Okada* et al. 2017 PNAS).

ノコギリクワガタの大顎
ノコギリクワガタの大顎